実家を売る決心がつかない。査定書に載らない、いちばん重いもの

実家を売る相談では、査定書に載らないものが一番重いことがあります。

家族で囲んだ食卓。

柱につけた身長の印。

叱られた部屋。

帰省すると、いつも同じ場所に置かれていた座布団。

建物の価格は調べられますが、こうしたものには金額をつけられません。

だから、

「管理を考えれば売った方がいい。それでも、自分から実家を手放す決心がつかない」

という話をよく伺います。

理屈では売却。

感情では現状維持。

どちらもご本人の本音なので、話は簡単にまとまりません。

誰も住まなくても、家の仕事はなくならない

思い入れがあるから残しておきたい。

その気持ちは、とても自然です。

ただ、家は思い出だけで維持されるわけではありません。

冬になれば雪が積もり、夏になれば草が伸びます。

郵便物がたまり、建物に異常がないか確認し、防犯にも気を配る必要があります。

近所の方から、

「しばらく誰も来ていないようですが、大丈夫ですか」

と声をかけられることもあるでしょう。

遠方に住んでいれば、様子を見に行くだけで一日が終わります。

残したいという気持ちが、いつの間にか「自分が管理し続けなければならない」という負担へ変わっていることもあります。

それでも売却を勧めれば、思い出を整理するよう急かしているように聞こえるかもしれません。

不動産会社として難しいのは、家の状態や維持費は説明できても、その方にとっての手放し時までは決められないことです。

紡がれてきたその土地の歴史

実家を眺めていると、その家の歴史は自分たち家族のものに見えます。

しかし、家が建つ前にも、その土地には時間がありました。

畑や空き地だったかもしれない。

別の誰かが暮らしていたかもしれない。

そこに家がなくても、季節は毎年巡っていました。

そして、家を売った後にも時間は続きます。

新しい買主様が住み、別の家具が置かれ、違う料理の匂いがする。

庭で子どもが遊ぶかもしれません。

建物が古ければ解体され、新しい家が建つこともあります。

それは、それまでの歴史が消えるというより、次の章へ進むことに近いのだと思います。

詩人T.S.エリオットは、

「Home is where one starts from(故郷(原点)とは、安住して留まる場所ではなく、人生や探求の旅へ向けて出発していくための基盤である)」※意訳

と書いています。

始まった場所は、ずっと所有し続けなければ失われる場所ではありません。

土地の名義は変わります。

思い出の名義までは変わりません。

私は、生まれ育った沿岸の実家を「帰ればいつでも同じ姿で待っている建物」として残せたわけではありません。

だから、家がなくなることと、そこで過ごした時間までなくなることは、同じではないと思っています。

売るか残すかを決めるのは、納得してから

こうしたご相談では、すぐに売却を勧めるより、まず残した場合の現実を一緒に整理します。

年間でどのくらい費用がかかるのか。

除雪や草刈りを誰が行うのか。

何年間なら無理なく管理できるのか。

今後、その家を使う予定が本当にあるのか。

そのうえで、

「次の冬までは残して考える」

「一年間だけ管理してみて、負担を確認する」

「売却前に家族で写真を撮り、残したい物を選ぶ」

という方法もあります。

実家を売る決断は、建物を処分する手続きだけではありません。

家族の中で、その家の役割が終わったことを受け入れる作業でもあります。

そこには時間が必要です。

ただし、決められないまま放置することと、期限を決めて考えることは違います。

売らない選択をするなら、誰がどのように守るのかまで決める。

売る選択をするなら、家の中に残したい記憶を先に持ち出しておく。

大切なのは、罪悪感に押されて残すことでも、管理が面倒だから急いで売ることでもありません。

自分たちの家族が紡いだ時間を認めたうえで、その家の次の時間をどうするか決めることです。

実家を売っても、そこで過ごした日々まで買主様へ引き渡すわけではありません。

家を手放すことは、思い出を捨てることではありません。

その場所で過ごした自分たちの時間を胸に残しながら、次に始まる誰かの暮らしへ、静かに席を譲ることなのだと思います。

売却するか、まだ決めていない段階でも構いません。残した場合の費用や管理方法から一緒に整理します。

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